彼岸前~いまはもう会えない人たちの声を聴く

きょうは2011年3月11日。とても大きな地震でしたね。
ここ東京でも、ずいぶん激しく揺れました。

いつも金曜14時に決まっておいでになる方が、たまたま今週は予約
変更されたので、治療院には誰も来ていなかった。
たいていトラブルの時はそういう偶然が起こる。不思議なものです。

そんなわけで、空いた時間には散らかった部屋の片づけもそこそこに、
リアルタイムで、津波に押し流される東北地方の映像を見ていました。

家も、車も、学校も、畑も、ものすごい勢いで押し寄せる巨大な水の
塊に押し流されて、真っ黒でぐしゃぐしゃな流れになって、その中から
大きな炎が上がっていた。

この前、ニュージーランドの地震の映像の中で、液状化した地面が、
真っ黒にぐるぐると渦を巻く映像にショックを受けたばかりだった。
だけど、きょうリアルタイムで見た津波の映像は、それをはるかに
上回る、はかり知れない衝撃以外の何ものでもありませんでした。

盤石、なんてないんだ。
いま立っているこの地面だって、いつ崩れて、いつ溶けてなくなるか
なんてわからないんだ。そう感じました。

人間なんて小さい。大きな力の前では、あまりにも無力だ。
だけど、だけど、その中でもがんばるしかないんだ。
そう思っています。本当に本当にそう思っています。

こうしている間にも、困っている方々がたくさんいらっしゃる。
被災された方々のご無事とご健康、帰宅できずに困っている方々、
みなさまのご無事を心より願っています。

***

もう亡くなったけれど、うちの祖母は、関東大震災の経験者でした。
当時祖母は代々木に住んでいて、「清正の井戸(いま流行のパワー
スポットですね)から地震の前には大蛇が逃げ出したんだ!」みたい
な話を、何度も何度も聞かせてくれたっけね。懐かしい。

そう。私は仕事柄、ご年配の方にはずいぶんたくさんお目にかかる。
いろんな方に、いろいろなお話をたくさんたくさん伺ってきました。

東京大空襲で、下町から焼け出されてきたリアルな体験談。
戦時中に陸軍の行軍中の空腹に耐えかねて、田んぼの水を飲んで
おなかを壊して半死半生で苦しんだ話。
広島の話。疎開先で苛め抜かれた話。防空壕の中での話。
そして、その方々が、いちばん活動的で輝いていた時代の話。
いろいろ。いろいろ。

そんなお話を聞かせてくださった方々も、もう亡くなった人が多く
なってきました。
その方たちにはもう会うことはできない。
だけど、伺ったたくさんのお話と、生き生きしたイメージの数々は、
私の中にはしっかりと生きている。
いろんなお話を聞かせてくれたこと、本当に感謝しています。

… なんかね、こう思うんです。

治療っていうのはさ、治すっていうのはさ、「症状を消す」ってこと
だけじゃないと思っているのです。私はね。
「年だから治らない」なんて、冷笑的に言い出した奴は誰?

年を取ることは、誰にも止められない。
年を取って、身体が古く弱くなることは、誰にも止められない。
形があるものは、必ずいつかは滅びるんだ。
それは悪いことなんかじゃない。
しっかり受け入れて、認めて、大事にしていくこと。
なにが悪いのさ?それの。

中島みゆきが、どこかで歌っている声が、頭の中に響く。
「年を取るのは素敵なことです。そうじゃないですか?」って。
「悲しい記憶の数ばかり 飽和の量より増えたなら 忘れるよりほか
 ないじゃありませんか?」って。『傾斜』~アルバム『寒水魚』収録

どうしようもないことはたくさんある。
抗ってもしかたないことはたくさんある。

そこでどうやって生きていくか? 大事なのはそういうことじゃない?
… って私は思っている。

もうすぐ春分の日。
お彼岸には、あの世とこの世をつなぐ通路が開くと聞いた。
(今度の春のお彼岸は、かなーり強力ですよー!)

亡くなった人の声に耳を澄ませて、あれこれ思い出してみたり。
たまには、少し思いを馳せてみるのも悪くないように思います。
[PR]
by tamayura_tamayura | 2011-03-11 22:00 | 311後の世界
<< 災害時の「メンタルケア」を考える 全国CIDPサポートグループ会... >>