治療者とは?

大病を患って、闘病中の友人に訊かれた。

「なんでハナエは、他人の病気や暗い心にたくさん触れるような仕事を
 わざわざ選んでいるの? そんなに敏感(だった)のに、なぜ?」

やられたー… ばっさり。
さすが。私の盲点を的確に突いてくる指摘だ。

そのときは、ちゃんとした答えを返せなかった。(ごめん)
なんとなく常に、そのことをずっと考えている。


***

「自分が大きな病気で苦労した経験をきっかけに、鍼灸師になりました」

と、ふだん私は言うようにしている。(多くを語るのは大変だから)
これはどうやら、世の中でとてもスムーズに通る理由みたいで、
そう言えば、みんな勝手に納得してくれる。

でも、本当にそうなのか?
と、ちょっと疑問を抱いているのが本人だったりする。


***

最近読んだ本。

===

術者に必要なのは、自らの心の痛みの自覚です。自己自身のトラウマと、
一人の人間としての人類的飢餓感の自覚です。治療者は、どこまでもその
痛みを引き受けていなければなりません。でなければ、他者の心の痛みで
あるトラウマに共感できないからです。治療者とはつらいものなのです。

『気心道』 遠藤喨及 大和書房  

===


… ずっしり。 

そうかー。
やっぱりそうなんだねー。と、ひとりうなずく。


人はみんな「痛い痛い」と、いろんなことを訴えかけてくる。
本当につらそうな訴えは、自然とこちらに響いてくる。
でも、そうじゃないときには「そんなのたいしたことないじゃん」と、
ばさっと打ち返してしまい、私はときどき人を傷つける。
(ときどき、ではなく、しょっちゅう、なのかもしれないけど、、、)

自分の「痛い」の感覚は、人の「痛い」とは違う。
自由に自分の感覚から外に出て、人の感覚を推し量れるようにならないと、
こーんな立ち位置を本気で保つには、とても勤まりきらないのだけれど、
それがもうときどき、つらくてつらくていたたまれなくなる。

でもね、しんどいものなのね。
そうはっきりと言われるとしかたない、と思うわ。


***

突然転調。


よく「自分が辛かった時期から立ち直った体験をもとに、今度は人の
役に立ちたい」っていうストーリー、ありますよね。

それ自体を私は否定する者ではないけれど、その立脚点から、実際に
「人の役に立ってる(かもしれない)」状態に至るまでには、果てし
ない距離があるのは確かだと思っています。
私自身も、その果てしない距離の間でもがもがし続けているわけで、
この先もずーーーっと、もがもがし続けることでしょう。

自分の体験は、かけがえのない重さを持っていて、そこから自分が
たくさんのことを得て学んで来たことは事実なのかもしれない。
でも、この世界には、およそ自分のちっぽけな体験だけでは想像も
できず、計り知れない深さや重さの痛みが、厳然としてたーくさん
あるわけで、それを自分ひとりが知り尽くし、変えられるはずもない。
(もしもそんなことができると思うなら、それはあまりに世界とモノ
を知らなすぎるか、あまりにも傲慢な態度、だと思うのです)

That's all.
それだけ。


ま、だからといって、何もする必要がない、というのも暴論。
できることを、できる範囲で、できるだけ、いっしょに頑張ろう!
としか言えない、わけです。

で、冒頭の友人の質問には、まだまだ答えられそうにありません。

つづく。


===

あとは、恒例の裏バージョンです。






とてもとても濃い記憶が蘇りました。
相当に読み手を選ぶ話です。
いつものことではありますが、よくよくのことが無い限りは絶対に
お勧めできません。
この先、進まれる場合には、ご承知おきください。
くれぐれもどうぞよろしく。





***




あのころは、よく夢を見ていた。
インディジョーンズも真っ青の、大アドベンチャースペクタクルな
シリーズばっかり見ていた。

ある日、夢の中で、私は見知らぬ妊婦の身代わりになって死んだ。
マンモスに追いかけられてる妊婦の身代わりになって死んだ。

死に際の瞬間に、考えた。

「こんな風に、見も知らぬ人の身代わりになるなんて。相変わらず
私は向こう見ずで、おひとよしで、つくづく馬鹿だ。でも、これで
二つの命が助かる。私は私らしく死ぬ。これでいいのだ」

って。

そこで夢はブラックアウトして、終わる。

あまりにもリアルな夢で、本当に死んだかと思った。

でも、目が覚めたら、元気に生きていた。

しばらくして、妊娠中の女性と新しく知り合った。
マンモスと妊婦の夢のことは、考えないようにした。

臨月近い頃、逆子で困ってる、って言う彼女は、ここまでわざわざ
(私の仕事場ね)やってきて、逆子治療をオーダーした。

正直なところ、私は逆子治療には自信がないし、乗り気じゃなかった。
(あ、でも一般的に鍼灸治療は逆子に効く、と言われていますよ。
これは単に私の治療経験値と腕の問題、であります)

触れながら、彼女はあまりにも疲れすぎていると思った。
彼女の闇の深さを感じた。
でも、その笑顔と闇の深さとの乖離が恐ろしくて、何も言えなかった。

数日後に「逆子治ったよ!」と連絡をもらったけれど、心配だった。
どうしようもなくて、雑司ヶ谷の鬼子母神で、ずっと祈っていた。
それ以外には、もうなにもできなかった。

しばらくした後、私は京都に居た。暑かった。空気が重くて。
(実はあんまり京都は好きじゃない。こわいんだ。なんとなく)

その頃、いまにもどうにかなりそうなくらいに忙しくて、
私はいまにも壊れそうだった。

京都の町中を離れたくて、高山寺に行った。
生涯にわたって、夢の記録をつけていたお坊さん、明恵のお寺だ。
鳥獣人物戯画を拝観して、縁側でぼーっとしていた。
空気は澄んでいて、秋の気配が少しだけ感じられた。
トンボが飛んで来て、私の目の前の床に、そっと止まった。






結局、巨大なマンモスにやられて死んだのは、私じゃなかった。


京都から帰って来たら、彼女が亡くなったという知らせを受けた。
彼女はお産は無事だったけれど、その後自ら亡くなった。

亡くなってる姿に会っても、いったい何が起こったのか、
とても受け入れることはできなかった。

私の記憶に残るのは、彼女の身体の感触と、そこで感じた闇。
鬼子母神で感じた果てしのない重さとやるせなさ。
最後に見た横顔の美しさと、触れた身体の冷たさ。

それだけ。

結局、なにがあったのかなんて、わからないまま。
いつまでも、決して知ることはない。すべて闇の中だ
あれ以上、なにもできることなんてなかった。

甘ったるい夢や希望なんか、すべて徹底的に打ち壊された。
なぐさめとか、共感なんて、存在する余地はない。
私に残されたのは、膨大な敗戦処理、みたいな毎日。
それでも逃げず、壊れられない自分がつくづく恨めしかった。

マンモスは私の肉体を殺すことはなかった。
私の肉体は丈夫だ。そうそう簡単に殺られはしない。
いまでも生きてるのは私だ。

マンモスはあれ以来、もう一度も現れない。
私はいまや、全然夢を見なくなった。

これからもこのまま忘れずに、このまま抱えていくしかない。
廃墟の焼け野原からも、いつか新しい芽が出てくるって、
そう信じて毎日暮らしてきただけ。

That's all.
それだけ。
by tamayura_tamayura | 2010-07-13 23:31 | 抽象的な話
<< 大嘘の才能 (2)コラージュしてきた。 >>