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野口体操のこと(其の壱)

しばらくご無沙汰すると、どうにもたまらなくなるのです。
なんだか身体が硬くて、重くて、どろりとして、生きてる感じがしなくなるのです。
あー。やっぱこれないと私は生きていけないわ。みたいな。


って。
あー・・・ 野口体操、の話です。
さて。


最初の出会いはいつだったんだろう?
まだ鍼灸学校に行ってたころ? ひょっとするとそれより前かなー?
場所は間違いなく、新宿東口の紀伊国屋書店でした。
ちょっとしたデキゴコロ。ほんの冷やかし気分のはずだったのに、、、
立ち読みしているうちに、すっかり夢中になってしまったのですねー。

『原初生命体としての人間』 野口三千三 (岩波現代文庫)

なにが凄いかって、、、私の能力ではとても説明しきれないんですよ。(もし、ワタシがどこかに隔離されるようなとき、1冊だけ本を持っていっていいと言われたら、きっとこの本を持っていくだろうと思うなー)
いま読んだって、相当に個性的でラディカルな内容だろうと思われるのに、最初に出版されたのは1972年だって言うんだから、驚くしかないわけです。

例えば、こんなかんじね。

第一章 体操による人間改革

野口体操を定義する
「立つ」ことの意味
皮膚につつまれた液体を実感する
生卵との対話
状態の「差異」を感覚する
人間は猫よりも柔らかい


どうでしょう?
およそ世の中で言われるところの「体育」とか、「体操」とは違いそうでしょ?
そして、「野口体操の定義」はこんな風に続きます。


● 体操とは、自分自身のからだの動きを手がかりにして、人間とは何かを探検する営みである。
● 今はまだことばにならない感覚能力を見つけだし、それを育てあげ、それを中身とする新しい言葉を創ることを体操という。
( p.5 より抜粋。以下略)


うひゃー。すげぇ。これっていったい何???
ページを繰るごとに、とにかくなんだかよくわかんないけど、めちゃくちゃおもしろいし凄い!ってことだけがびゅんびゅん伝わってきました。

ま、いわゆる「体操」とか「体育」ではまったくないですよ。
それから、「整体」とか「治療」といった分野とも、全然違いますなー。

じゃ、いったいなんなのさ???
って思うよねー。そうだよねー。

野口先生は、東京芸大の教授だったので、おそらく野口体操は演劇や音楽などの芸術系の人たちには昔から知られてるらしいのですね。(なんとなくそういう点も、一般人にはちょっと敷居が高く感じられる要因のひとつなのかもしれないけれど)
うーん。。。

とりあえず説明するなら、
「無理なく自然にからだをつかうメソッドです」みたいな説明をすればいいのかな?
でも、それだとアレクサンダーテクニークみたいな感じだな。違いがわからん。

なにしろこの「体操」、単なる方法論ではないし、体操と言ってもただ身体を使うだけじゃない。
身体を動かすことを通じて、自由なイメージ性を膨らませたり、言葉の生成について思いを馳せたり、時にはおもちゃやら鉱物に触れることで感覚を磨いたり、そんなことも含まれてる「体操」って・・・ ???



(続く)




とにかく、身体についての本は、どんな良書でも本当にもどかしい! と思います。

読んでも読んでも、よくわかんないことだらけだから、これはもう実際に体験するしかない!と思うわけなんです。そうやって、私はあっちこっちにふらふらといろいろと出向いていってたんでした。

だけど、野口体操に関してはとにかく、そう思ってから、実際に自分で体験しに行くまでには、いろんな事情もあって、年単位でずいぶん時間がかかりました。
実際に行き始めてみれば、なんでもっと早く、野口先生がご存命のうちにでも、行く機会を持てなかったんだろう? と思ったけれど、いま振り返ってみれば、やはりなにごとも「機が熟す」ってことが必要なのですね。自分自身の器の問題とか、人との巡りあわせとか、自分の小手先の努力や小賢しさだけでは、なんともどうにもならないことがいっぱいあるんだと気づかされたりして。

ちなみに私は、最初は新宿の朝日カルチャー内で開講されてる羽鳥操先生の教室に行きました。(ここが、野口先生亡き後のいわゆる正式な後継教室ですね) で、世の中には他にもいろんな方が「野口体操」としてクラスを持ってまして、私が現在習っているのは、野口先生の直弟子さんです。なんでもきっとそうだろうけれど、特に身体に関わることは、誰に(どこで)習うか、という要素がかなり大きな影響を及ぼすのではないかと思いますねー。

続きは改めて。
by tamayura_tamayura | 2009-05-07 17:54 | 見・聴・体験
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