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カテゴリ:311後の世界
  • 『怪しげな民間療法や代替医療』やってる者として
    [ 2011-04-18 13:15 ]
  • 上を向いて歩こう☆ 〜極私的マッサージ試論
    [ 2011-04-15 17:56 ]
  • 『ふんばろう東日本プロジェクト後方支援臨床家サイト』
    [ 2011-04-15 10:24 ]
  • ただ祈るしかなくて 〜IMAGINE/夢かもしれない
    [ 2011-04-13 21:23 ]
  • When The Wind Blows〜風が吹くとき
    [ 2011-04-09 14:40 ]
  • 『どんよりした曇り空でも Don't worry』〜都庁下から
    [ 2011-04-04 22:08 ]
  • 『電力は余ってるんだってよ!』〜23年前の叫び
    [ 2011-04-02 21:43 ]
  • 阿修羅の如く ~ 攻撃性と暴力性のゆくえ 
    [ 2011-03-31 22:57 ]
  • 2011年の桜 ~はじまりはじまり
    [ 2011-03-30 22:32 ]
  • Dancer in the Dark ~暗闇の果ての小さな光と希望
    [ 2011-03-30 22:01 ]
『怪しげな民間療法や代替医療』やってる者として
いまさらこんな話をするのも気が進まないんだけど…

そもそも西洋医学とか自然科学の考え方からすれば、鍼灸治療って邪道
(と言ってもおそらく差し支えないかと)扱いなんですよ。
代替医療の中でも、鍼灸は国家資格になってますけどね、このあたりにも
いろいろ背景があるし、医療職の中でもやはりちょっと異色の資格です。

いやはや。さっきこれ読んでたらなんとも複雑な気分になりまして…

あなたが主張している「正論」は、「不安な人」には届かない。
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/touch/20110418#p1

この方は例として医療の話を持ち出してるんでしょうから、ここに過剰に
反応するのはちと筋違いだは重々承知しておりますが、やはり気になる。

=== 引用開始 ===

でも、大部分の人は、「そうですか、不安なんですね。
でも、いまはそういう症状があるかもしれないけれど、少なくとも検査
では命にかかわるような病気はなさそうです。とりあえず様子をみて、
症状がひどくなるようだったら、もっと詳しく検査をしてみますから、
また受診してくださいね」と少し時間をかけて説明すれば、それなりに
納得してくれるものだ。
実際には、その「少し時間をかける」ことが厳しい場合もあるのだけどね。

「不安な人」に対して大切なことは、まず、「あなたは不安なんですね」
と受け入れることだ。
「そんなくだらないことを不安に感じるなんてバカ」と言う相手に心を
開く人はいない。

そして、そういう対応をされた患者の多くが、怪しげな民間療法や代替医療
に「救い」を求めることになる。
民間療法や代替医療を行っている人たちは、「自分の話を聴いてくれる」
から、という理由で。

=== 引用終わり ===



前半はわかります。そのとおりだと思います。
で、「怪しげな民間療法や代替医療」を業とする者としては、後半だんだんと
なんとも言えない複雑な心境となります。
まぁ、、、世の中には確かに怪しいのいっぱいあるしね。。。
それは否定出来ないんですが、全部ひとくくりにされるのも何とも気分悪い。

なにしろ、私がお目にかかっている方の多くは「病院では何ともないと言われ
るけど、やっぱり具合は悪いし不安なんだ」とおっしゃる方々です。
「数値で悪い!ってわかるよう重病じゃなくて良かったじゃないですか!」っ
て、たいていまず私は話を始めるけど、まぁおよそ最初はそれには共感しては
いただけませんわな… だって辛いんだもん。そのご本人は。

とはいえ、その得体の知れない不安やら辛さを、いっしょになって悲しんで
いたら治療者にはなれない。
どう捉えるか、どうやって接していくかは、治療者の腕の見せ所なんです。

だいたいねーーー「話を聴く」の何が悪いの??? 
じゃあ、だったらどうすんの? 病院で医師がそこまでケアしてくれんの?
それで困ってる人たくさんいるんだけど、だったらどうしろっての??? と、
ちと喧嘩腰ファイティングポーズになりそうな私…
いかんいかん。。。(以下自粛)

辛さや具合の悪さは、すぐには変わらないかもしれない。だけど、人間には
だいたい自浄作用がある。よほどでない限り、それはきちんと働く。(もし
くは、無意識下で治りたくないと思ってる…場合さえ時にはあるんだけどさ)
元気をなくていた方々が、少しずつ回復なさって、元気を取り戻していかれ
るのを見ているのは、私が仕事を続けていくためのモチベーションなのです。

私は「怪しげな民間療法や代替医療」で、「話を聞いてあげる」だけで、
お金を頂戴している怪しい奴なんだわなー…(笑)とか、しみじみ思います。
おそらく、臨床心理士さん方も「話を聞くだけで治すってどういうことだ?」
みたいな偏見に遭ってる方が少なくないはずです。

でもねー、臨床ってのは、まず目の前の人に対してなんか出来ることをする
方が大事なんじゃないのかな?それが正しく証明できるかどうか(それは勿論
あればあるに越したことはないし、それを否定するわけじゃないけど)は
また別の問題だったりするように思うのです。(両立がベストですけどさ)
また、臨床には「経験知」という類いのものがあるんです。(この話はまた
巨大なテーマなのでいつかそのうち!)

科学は、測定出来ないモノは扱えない、というか対象外であるはず。
「不安測定器」とか無いしね…
「不安尺度」的な質問紙みたいなものもこの世にはたくさんあるけど、
そもそも「不安とは何ぞや?」と正確に定義しようとしたら、できるのか?
非常に難しいでしょ?

理解する、ってことと納得したり、安心する、ってことは別物だし、
それらが同時にぱっと生じる訳でもないと思うのです。
(これは、難しい病気になればなるほど、重要な点であります)

病気の話としてじゃなく、すごくベタに変換してみれば、
「あの人はああいう人なんだなぁ…」と理解したところで、
「あいつが嫌いだ!」という気持ちは消えないかもしれない。
「それでも離れられないの」という執着が強くなるかもしれない。

でも、もしかするとだんだん「どうでもいいや」と思うかもしれないし、
「それならそれで、適当に付き合っていこう」と思うかもしれない。
そういうことは、明らかに科学の範疇じゃないですわな。

なかなか両方きちんと扱える人って少なくて、それがいろいろ大きな問題
だったりするのが今なんじゃないかと、、、漠然と思っています。

by tamayura_tamayura | 2011-04-18 13:15 | 311後の世界 | Comments(2)
上を向いて歩こう☆ 〜極私的マッサージ試論
いろいろみなさま、身体のマイナートラブルを訴える方が増えているご様子。

ご多分に漏れず、ワタクシもここのところ『大椎(だいつい)』のあたりが
詰まっててとっても気持ち悪いです。あとは首の両脇の胸鎖乳突筋が痛い。
首こってるんだなぁ… とわかってるので、それ以上でもそれ以下でもない
んですが、「なんか首が重くて呼吸が浅くて苦しい」と表現したらいいかな。

えーっと、『大椎』ってのは第7頸椎棘突起のあたりのこと。(詳細省略)
頸椎ってのは… ほとんどの哺乳類は頸椎が7つありまして、人間の頸椎は
いちばん下がいちばん大きい。首の後ろにぽこっと飛び出して見える骨が
ありますよね。あれが第7頸椎で、別名は隆椎って言います。

作業ってなんでも、カラダの前でやりますよね。
日常生活の中で、手を後ろに回すことなんてほとんどないですよね。
このあたりがネック…もとい問題なのです。

要するに私は最近、前のめりで首を前に突き出した格好でなんかしてることが
多いのがいちばんの原因じゃなかろうかと思われます。
あとは重いリュックしょったりしたのも良くなかったなー、きっと。

***

多くの人は肩を前に巻き込んで、頭を前に突き出してるような姿勢で過ご
す時間が長いです。(ま、猫背っていうんですかしらね)
パソコン打ってても、お料理してても、なんか書いてても、私のような
肉体労働でもやっぱりかがみ込んで身体の前側で作業をしています。

そうなると、鎖骨周りが縮こまって固くなって、みぞおちの周りがぎゅっ
と収縮して、横隔膜の働きが悪くなって、呼吸が速くて浅くなる。
なんとなーく下を向いてるような格好になって、気分が滅入る。

あらら。。。なんか良くないですね。

じゃあ、せっかくだから上を向いてみようか! とか言ってみたいんですが、
おそらくいきなり上向いたら、首がばきばきぼりぼり…とかいってそのまま
動けなくなったり、腕が強烈に痺れちゃったりする人が続出しそうな予感。。。

でもね、上向いてたら、涙がこぼれないだけじゃなくって、あんまりネガティブ
なことも考えられなくなりますよ。きっと。
上を向くと胸が開きます。鎖骨周りとか肩関節が柔らかく整ってると、いいこと
たくさんありますよ。

いちばん手っ取り早いのは、後ろに手を回して胸を開く(鎖骨をぐーっと開い
ていくかんじ)と同時に、肩甲骨を寄せていく(わかるかな〜?この感じ)
動きを、一日のうちに何度もやること。肩甲骨のあいだのことなんて、たぶん
人生で一度も考えたことない人の方が多いのかもしれないけど、大事にして
あげると、今後の人生に絶対役立ちます。ホントに。

あとは、ちょっと荒療治だけど、どこかにぶら下がるってのもいいと思います。
完全にぶら下がらなくても、腕を上げてどこかにつかまりながら、自分の体重
でぐーっと脇の下を伸ばして行く感じ。キモチいいです。ぜひどうぞ。
あ、50肩の人とかはダメです。痛かったら止めて下さい。気持ちよさが大事。

筋肉は、大きいところから動かすのが基本です。てか効率がいい。
首をぐるぐる回すと、なんか頑張ってていいような気分になるかもしれないけど、
こんな風に急激に暑くなってるときには、めまいを誘発しやすいですよ。
ご注意あれ。(気温上がるときには、めまいが出やすい。知ってるだけでも違い
ます。これだいじ)

さらにやれそうな人だったら、床にあおむけになって、つま先を頭の方にやる、
えーっと…ヨガでいうところの「スキのポーズ」ってやつですね。
これも、形を整えようとして力を入れると逆効果じゃないかなー。
私が好きなのは、足の力をだらーっと抜いて、重さだけで首の後ろを刺激する
やりかたです。(ただしこれは慣れてない人には勧めません。無理は禁物)
降りるときも、勢い良く反動で戻るんじゃなくって、ゆっくりと「背骨(椎骨)
をひとつずつばらばらにほぐすように意識しながら足をおろす」といいそうなん
ですが、これ、私は何年経ってもうまくできません。。。(爆)

あとは、自分でコントロール出来る唯一の自律神経系の働きってのは呼吸です。
意識的に呼吸の回数を減らして、速度を落とすだけでも、変わってきますよん。

というわけで、ワタクシこれから夜の部に備えて合間の時間に「スキのポーズ」
はじめます。

あとは、付録。削除しかけた分だけど、ってかこっちが本論か(笑)
極私的マッサージ論の叩き台、載せておきますっ。



More
by tamayura_tamayura | 2011-04-15 17:56 | 311後の世界 | Comments(2)
『ふんばろう東日本プロジェクト後方支援臨床家サイト』
=== 5月29日 追記 ===

臨床家部門は現在、Cure East Japan というプロジェクトに
なっております。
http://cureeastjapan.jimdo.com/

======


『ふんばろう東日本支援プロジェクト』 http://fumbaro.org/

西條剛央さん(早稲田大学大学院MBA講師)が、震災直後から現地
入りして精力的に支援活動を続けていらっしゃるのを、Twitter越しにずっと
拝見しています。その熱い行動力と情熱にはつくづく頭が下がるばかりです。
現在展開されているプロジェクトの概要は以下のとおりです。

=== 引用開始 ===

津波主被害地はテレビで報道されているのとはまったく違う本当の"壊滅"が
延々と広がっていました。

さらに驚いたのは、メジャーな避難所には物が余っているのですが、それを
仕切ることができないため、マイナーな避難所には物資が行き渡っていない
という現実でした。本部の人に「こういうものとかこういうものはあるんで
すか?」と聞くと「ない」というのですが、それでも「仕分けられないから
支援はいらない」というのです。

これはあらゆる行政で起きていることなのであり、各地で問題になっていま
す。それは誰が悪いということではなく、行政は未曾有の事態に対応できる
組織構造になっていないためどうすることもできないのです。ボランティア
が足りているのではなく現場でだぶついていて使えていないだけです。物資
が足りているのではなく局在化していて、末端に行き渡っていないだけなの
です。

他方でネットだけを使ったマッチングシステムはたくさんありますが、津波
主被災地の現実を踏まえたものではないため、最も必要とするところでまっ
たく機能しないという問題があります。ネットがつながったとしてもそこは
高齢者も多く、パソコンのできる人自体がいないのが現状です。

こうした現状を打開するために、被災地に行って支援を行いつつ、そこの人
と連絡をとれるようにして窓口になってもらいます。避難所ごとに必要なリ
ストをサイトにアップして、Twitterで募集をかけて全国から送ってもらうと
いう仕組みを作りました。amazonの全面協力のもとで現地の要望にあわせた
wish listを作成していただき、そこからクリック一つで支援物資を送ることも
可能です。

現地での前方支援と全国からの後方支援を効果的に連携させることにより、
行政を介すことなく、被災者個々人が必要とする物資やサービスを、必要な
ところに必要な分だけ無料で届ける画期的システムが
「ふんばろう東日本プロジェクト」なのです。

=== 引用終わり ===


東京にいると、だんだんもう遠くのことはわからない、感じられないように
なっているような気がします。
それは個人個人が身を守ろうとして自然に生じる反応なのかもしれない。
たくさんの人の中にそういう反応が起こることを非難はできない。

でも、私自身の中には、やっぱり「本当にそれでいいのか???」という
気持ちがどうしようもなくあります。「自分に起こった出来事でなければ、
他人事にしたままでいいのか???」という根源的な疑問です。
この先もずっと、しつこくしつこくこういうことを言い続けると、周囲に
煙たがられたり嫌われたりするかもしれない、というぼんやりした予感は
あります。でも、やっぱり自分は自分。できることさせて頂きます。

===
僕は自分にできることはすべてすると決めました。できっこないというリミッ
ターを外しました。少しでも被災者の支援になることがあるならば、可能性が
あることはすべてやります。東北の雄仙台の人、東北六県の人も立ち上がりま
しょう。東日本、西日本の人だってできることはたくさんあります。
===


ひゃぁーーー。西條さんの熱いつぶやきに参りました。。。
いますぐにできることはこのくらいなんだけど。

ふんばろう東日本プロジェクト後方支援臨床家サイト
http://cureeastjapan.jimdo.com/

まずはこちらに登録して頂きました。
ささやかではありますが、プロジェクト関係者の方々、避難中の方々には
無償で治療提供させて頂きます。
空き時間の自由がなかなかきかなくてご不便をおかけするかもしれませんが、
お近くの方、ご興味ある方はぜひお気軽にお問合せ下さい。
お待ちしております。
http://www.tamayura.to/therapy_tamayura/SCHEDULE.html


by tamayura_tamayura | 2011-04-15 10:24 | 311後の世界 | Comments(0)
ただ祈るしかなくて 〜IMAGINE/夢かもしれない
震災からちょうど1ヶ月後の4月11日、
鎌倉で行われた『東日本大震災 追善供養 復興祈願祭』に行ってきました。

http://www.praykamakura.com/2011/04/ustream-f6ef.html



会場の鶴岡八幡宮の前は、ずーーーっと続く桜の並木が本当に綺麗だった。
むせ返るくらいに鮮やかに桜が咲き誇っていて、平和な光景だった。




驚くべきことに、神道と仏教とキリスト教の宗教者の方々が一同に会して、
祈りを捧げる、という会だった。
神社の中でお経(かな?)の声が響いたり、十字架が見られたりするなんて、
普通ではちょっと考えられないことじゃありませんか? ぐっときました。

それぞれの形以前に、祈る気持ちは宗教を超えて通じるものがあるはずだ。
祈るって、本来たぶんそういうことなんじゃないかって、思った。
参列者は1万人くらい居たみたい。
みんな静かにそれぞれの思いを抱いていたんじゃないかと思う。

そのあと、由比ケ浜海岸まで歩いて行ってさらに式典があった。
鎌倉の海も、たくさんの人の命を奪った海とはつながっている。
でも、海はとても穏やかで夕陽を反射してきらきら輝いていた。


なんとなく、頭の中にずーっと IMAGINE が流れていた。



===

『 IMAGINE 』忌野清志郎

天国は無い ただ空があるだけ
国境も無い ただ地球があるだけ
みんながそう思えば 簡単なことさ



誰かを憎んでも 派閥を作っても
頭の上には ただ空があるだけ
みんながそう思うさ 簡単なこと言う

夢かもしれない
でも その夢を見てるのは
きみひとりじゃない
仲間がいるのさ

夢かもしれない
でも その夢を見てるのは
きみひとりじゃない

===



人間は小さい。人間の力なんて本当に小さい。
自然の巨大な力の前には、ただ祈るしかないんだ。
それは大昔の人々と我々も全然変わらない。同じだ。

自分の力でできることなんて、本当に小さなことばかりだ。
でもたぶん、あきらめないで、忘れずに続けていくしかない。
広い空と広い海に向けて、そんなことをぼんやりと考えていました。



by tamayura_tamayura | 2011-04-13 21:23 | 311後の世界 | Comments(0)
When The Wind Blows〜風が吹くとき
毎日ずいぶん強い風が吹いています。
みんな、何を感じて、何を考えているんだろうな。


4月7日 稲村ケ崎
毎年4月5日前後には、この場所からダイヤモンド富士が見えるらしい。



4月8日 新井薬師
花祭り。甘茶をたくさんたくさん頂いてきた。
年配の方がほとんどだったけど、とってもたくさんの人出で賑やかだった!
なんだか昭和の空気が流れていたよ。



強い風に吹かれても、桜はしっかり元気に咲いていた。

89才だというお元気な女性に話しかけられて、すっかり話し込んだ。
楽しかったな〜。ああいう一期一会の交流が、震災後増えた気がする。
それはとてもいいことだと思うんだ。

あと、おまけ。



わぁ!素敵だなーと思ったのは、これ。
日本橋三越ののれん。粋だね。

***

明後日(4月11日)には、鎌倉でのこの式典に行ってきます。
震災からちょうど1ヶ月後っていうけど… まだ1ヶ月経ってなかったんだね。

Kamakura pray project(東日本大震災 追善供養 復興祈願祭)
http://www.praykamakura.com/

あと、いまこれ読んでます。
『チェルノブイリの遺産』 Nature 471, 562-565 (2011年3月31日号)
http://www.natureasia.com/japan/nature/special/nature_news_032811.php


3月11日に見た津波映像と、3月12日に見た原発の爆発映像が、
やっぱりどうしてもアタマから離れないんだよね…
ま、ずっと離れることはないんだろうな。

また書きます。
どうぞみなさま、良い日をお過ごし下さいませ!

by tamayura_tamayura | 2011-04-09 14:40 | 311後の世界 | Comments(0)
『どんよりした曇り空でも Don't worry』〜都庁下から
昨日(4月3日)Twitterからいきなり、なんかすごい話が流れてきた。

原発推進の都知事の花見自粛令に逆らって花見して、
今こそRCの反原発ソングを皆で歌う会
4/3日曜日夕5時新宿中央公園
忌野清志郎さんのバックミュージシャンでもあった
ギターパンダ@ヤマカワノリヲさんの演奏!


なんですって~~~???うっひょー!!!(驚)
私ってば、前日にキヨシローの絶叫を聞き直して大泣きしたばかりじゃん。
これはもう、万難を排して行くしかないだろ~~~



じゃじゃんっ☆ まさに都庁の真裏真下でございます。
町山智浩氏の呼びかけで、あっというまに企画されたそうな。
すごいなー。中央公園の広場には人人人。300人くらい集まったみたい。
ネット中継では1500人くらい観てたらしいよ。



アンプもほとんど使わず、よく通る肉声と生ギターが響く演奏。
聴衆もみんな整然とお行儀よく、酒乱なんかとは無縁の最高の花見。

イマドキ的な、暴力的に耳に押し入ってくる大音量のライブとは大違いだ。
誰もが耳を澄ませて、演奏者をじっと見て、身体の動きと音を身体で受け止める。

くうーーー!!! もうどうしようもなく素敵すぎるじゃないかっ!!!
こんな贅沢な時間と演奏を味わっちゃったなら、
魂入ってない作り物みたいなライブには、なんも感じられなくなるよなー。

企画実行してくださった方々、本当にありがとう!!!
あの時間と場所を共有できたみなさま、本当にありがとう!!!
二度とない素晴らしい時間を一緒に味わえたこと、本当に感謝しています。


***


ギターパンダさんの持ち歌もすごく良かったなーーー
じわじわーーーっと耳に残る。きょうは頭の中でずっとこれが回ってた。
アマゾン見たら、すっかりCDは売り切れていたよ~!
でも他所で買っちゃった^^♪



『引き潮』

誰もが皆好きなように暮らしたなら
今よりも幸せな世の中になると
黒目がちなお前はそういったけど
俺はなんだか少し引っかかる

誰もが皆好きなように暮らす世界
なるほど確かにそいつはすばらしい世界
でも問題は俺たちがそんな世界では
やってけないほどだらしないってこと

だけど
どんよりした曇り空でもDon't Worry
俺のメッセージお前に届いたかな
どんよりした曇り空でもDon't Worry
根拠もないのに失礼だったかな
お前とか呼んだら偉そうだったかな

問題は… そういうことじゃなくて
自分が回りにどれだけ迷惑をかけて
生きてるのかってことだと思うんだけど
退屈な世間キックする前にね



たぶん、60年代の空気や社会状況や時代背景をわかってないと、
この曲の本当の意味は理解できないんだと思う。
だけど、閉塞した世の中でなんとかしようとあがいてたいろんな営みや
思いは、今の世の中ともやっぱり共通することがあるんじゃないかな。
そう思うんですよね。

あきらめたらおしまい、なんじゃないかな。
派手じゃなくても、わかりやすくなくても、むずかしくても、
簡単な答えなんかなくても、すっきりした答えがなかったとしても、
それでもやっぱりあきらめずに、続けていく以外ないんじゃないかな。

そんなことをずっと考えていた。


***


ライブの後半には、RCサクセションの反原発ソング
「サマータイムブルース」「LOVE ME TENDER」をみんなで歌った。
アンコールタイムもちゃーんとありましたー☆

かの有名な「雨上がりの夜空に」 これは知ってる人多そうだった。
最後の最後には「ドカドカうるさいR&Rバンド」だった。大合唱!
気が付くと、周りでいちばんでっかい声出してたのは私だった。。。(笑)



子供騙しの モンキービジネス(モンキービジネーーース)
よってたかって分け前をあさる~(うーううー)
子供騙しの モンキービジネス(モンキービジネーーース)
マトモな奴はひとりもいねぇぜーーー

悲しい気分なんか ぶっ飛ばしちまいなよ~~~
ドカドカうるさいロックンロールバンドさ~~~



ふう。良かったなー。がんばろうっと。

実は次に何を書くか、ちょっと考えあぐねてるんですよ。
「夢&無意識」のことにするか、それとも「投影」のことにするか。

今後の世の中の風向きや、多くの人たちの心の流れを、ずーっと考えてる。
どんなもんだか。。。もうちょっとよく煮込んで、練ってみます。

ではまた。明日も良い日になりますように!


***

エキサイトレビュー:都庁前の花見で300人が反原発ソングを歌った夜
http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20110405/E1301939720954.html



by tamayura_tamayura | 2011-04-04 22:08 | 311後の世界 | Comments(0)
『電力は余ってるんだってよ!』〜23年前の叫び
きょうおいでになられた方と話していたら、停電の話になりました。

「真夏は冷房なかったら、この部屋で仕事するのは無理ですね〜…
 朝早くと、夜遅くだけ開けて、昼間は休みにするしかないかな。
 それとも、思い切って8月は休業にしちゃって、その間に東北とかに
 ボランティアに行く、ってのもありかなぁ〜って思うんですよね」

おおお。なるほど。これ、自分の口からすらすら出てきたそのまんま。
はっきりとそう考えてた訳じゃないんだけど、自然に出てきました。
私はひとりで仕事してるから当然、すべて自己責任。
自分で決めたことは、自分で責任を負うんだけれど、その分できることの
自由度は高い。そうか。それはいいアイデアだな。
夏のこと、本当に真面目に考えようと思いました。

「そうかー。たまちゃんがそういう理由で休みにするんだったら、
 みんな”それなら仕方ないなー、1ヶ月我慢しよう”って待ってること
 になるだろうね。いいよね。それはきっと喜ばれると思うよ」

って、その方はおっしゃってくださった。
うおーん。。。なんともありがたいことです。
そういえば、私が唾液腺切除で入院したときも、その方はやっぱり同じ
ようにおっしゃって、暖かく送り出してくれたんでした。
私はこういう方々に支えてもらって仕事している。
つくづくほんとうにありがたいことです。

テレビを見ても、ネットを見ても、震災や原発に心を痛めるばかりで、
今、慌ててなんかしようと思ったって、自分にできることなんか全然ない。
ただただ自分の毎日をちゃんと生きるしかない。
だけど、もう少し状況が落ち着いたら、自分にも出来ることがある気が
してきました。

「指圧マッサージができて、道具が要らないリラクゼーションとか体操やら
のレクチャーできます。健康相談からバカ話のお相手から諸般の雑用まで、
子供からお年寄りまで全年齢対応。火事場の度胸とど根性装備してますっ
あ、ついでに手相観たりとか、雑談ネタも豊富に装備してます〜」

って、これもうぜんぜん誇張無し。そのまんま自己紹介でございます(笑)
ボランティアのオーディション(みたいなのあるんかな?)でそうアピール
したら、きっとどこかで役に立てることが必ずあるんじゃないかなーって。

結構いろいろ滅入っていたのですが、こう考えるとちょっと救われました。
未来を考える、ってのは人間の心の健康のためには必要なんだな…
と思います。よし。がんばろう。

さて。きょうの一曲。
きょうは今は亡き、忌野清志郎さんのお誕生日です。

『サマータイムブルース〜LOVE ME TENDER』



「それでもテレビは言っている ”日本の原発は安全ですっ♪”
 さっぱりわかんねぇ! 根拠がねぇ! 」

「電力は余ってる 要らねぇ! もう要らねぇ! 電力は余ってる!
 電力会社は儲けてる 危ねぇ! 電力は余ってるんだってよ!」



って… 凄いよね。20年以上前の歌だなんてまったく思えない。
先取りしすぎるくらいに、未来が見えてたんだろうな、と思わずにはいられない。
2011年の今、彼の言葉はあまりにもリアルを超えて、生々しい。
彼が生きていたら、いまの状況についてなんて言うだろうか。


これらの曲が収録されているアルバム『COVERS』(カバーズ)は、
RCサクセションが1988年8月15日に発表したものなんですが、ご存知の方も
多いかと。超いわくつきのシロモノでございます。

反原発の歌詞が問題になって、発売元の東芝EMIが発売に難色を示したあげく、
「素晴らしすぎて発売できません」という新聞広告(1988年6月22日付全国紙)
と共に発売中止となりました。という顛末。
大騒ぎだったし、リアルタイムで私はこのアルバムを聴いたな(当時は高校生だ)。

私は本物のRCファンよりは世代が若いです。だけど、友達の影響で小学生の頃
からRCは聴いていた。カセットテープがぼろぼろに伸びきるくらいまでね(笑)
高校生になって、授業をサボるときには、必ず心の中で『トランジスタラジオ』
を歌っていた。「授業をサボって〜陽の当たる場所に居たんだよ〜」って。

とはいえ、当時はこのアルバムの凄さはちっともわかってなかった(…と思う)
しかしねー、やっぱりキヨシローは凄いよ。鳥肌が立つ。

きょうは午後の空き時間にこれをずーっと聞きながら、泣いた。
我ながらありえないくらい泣いた。
(個人的なものや、センチメンタルなものには私は涙は出ないんだ…)

甘いほう、楽なほうに流されちゃダメだ。まっとうさと正気を保とう。
私は私だ。誰も私を支配出来ない。
私だって、誰かを力づくで変えることはできない。
協力できることはする。だけど、納得出来ないこと、ダメなものには、
はっきりダメだと言おう。

そう心に言いきかせつつ。

ではまた。
明日もいい日になりますように!


by tamayura_tamayura | 2011-04-02 21:43 | 311後の世界 | Comments(0)
阿修羅の如く ~ 攻撃性と暴力性のゆくえ 
ミーハーと言われようと、人から何と言われようと、
私は興福寺の阿修羅サマの像を愛してやみません。



美しい。。。正面以外のお顔は、ちょっと歪んで崩れている。
それがもうたまらなく美しいんだ。
ほら。腐りかけのものがおいしいんだよ、って言われるように、
完全なバランスが少し崩れたときに、極限の美が生まれるんだ。

阿修羅サマは、もともとは天部の神様だったらしい。(天部ってなに?という
話は省略)ところが、ある理由で天界を追われ、人間界と餓鬼界の間に修羅界
を形成して、戦いの神様になった、とかいういわれがあるそうな。
 
なぜなら、阿修羅サマが住んでたところのボスである帝釈天サマが、阿修羅サン
の愛娘をさらって手籠めにしちゃった(…あれまぁ)もんだから、怒り狂った
阿修羅サンは帝釈天サマに戦いを挑み、文字通りの「修羅場」となって争い続
けることになって云々… というお話になっているらしいよ。



こちらは、京都の東寺におわしまする帝釈天半跏像。
日本一のイケメン像と呼ばれていますね。確かに実物はもの凄い色気あったよ。


まぁいいや。本題。
なんでこんなに私は阿修羅像が好きなのか?
昔からときどき考えるのです。

これ ↓ は、2009年に考えたことだけど今でもほとんど変わってないな。
ちょっと修正して再録。


私たちが生きてるってことは、実はたぶんそんなに平穏で波風なくて平和な
だけではない、ように思うんです。
直接手を下して他者の命を奪うわけではなくても、もしかして意図せずとも、
もしくは意図して、他者を傷つけたり、傷つけられたりすることはたくさん
あるわけだし、命あるものを殺して食料にしているわけだし、そこには理由
なんか無しに、おかまいなしに、おもいがけずに辛い出来事が降ってきたり
もするわけだし、思い通りにいかないことは山のようにあるし、あんまり弱
っちいと他のずる賢い奴や、力の強い奴にやられちゃうかもしれない。

なんかこう、汗まみれ、泥まみれになって、狭い世界でたくさんの人間が押
し合いへしあいしながら過ごしていく毎日の繰り返しは、それ自体が一種の
戦いなんじゃないかと思うのです。

みんなきっと誰しも、自分のなかに、多かれ少なかれ、戦いの場を持ってい
るはず。気がついていても、気がついていなくても、それは確かにある。
阿修羅サマの姿を見ていると、自分の中のどっか深いところに根ざしている
汚かったり、目をそむけたかったり、弱かったり、情けなかったり、忘れて
しまいたかったりするような生々しい戦いの要素が、美しい形で昇華されて
いくように感じるんじゃないかしら、きっと。なんて想像するのです。


もともとはここに書いといたものです。
ASURA/2009年 国宝阿修羅展の感想


私は、仮想敵を見つけて攻撃したり、どこか自分以外の悪者を見つけては
攻撃したりするような行動や雰囲気は嫌い。
そういう自分は何様なわけ? って思わずにはいられないのですよ。

でもねー、やっぱり自分の中にも激しい攻撃性はある。すごく強烈だと思う。
やるときはやりますよ。躊躇なし。返り血浴びてもばさっ!と。
刺し違えてもやるときはやってやるぜ、的なね…(笑)

まぁでもそういうのって、破壊的すぎてあまりよろしくないよね。
じゃあ、それをどこでどうやって昇華するか?ってのはいまだに根深い問題。
だからこそ、そのエネルギーを放出するために、こうやっていつまでもバカ
みたいに書き続けたりするわけで…(笑)

このエネルギーを、直接誰かや何かを悪者だと信じて攻撃しちゃったりなんか
できたら、どんなに幸せだっただろう?とまで思うことがあるのですよ。
(あ、幸せってのとはちょっと違うな。キモチいいだろうか!ってことだな)

ま、これは個人的な意見ですけどね。はい。

なんとなく、思うんだけれど…
今後は、これまでの平和な世の中ではほとんど使うこともなく意識されて
こなかった個人個人の中に必ずあるはずの攻撃性や暴力性の問題が、少し
ずつ噴出してくるのではなかろうかと想像せずにはいられないのです。

それはおそろしくも強大で膨大な力。
建設的に使えば、とてつもない力を発揮して、前向きな意志や意欲になる。
でも、ひとつ取り扱いを間違えれば、妙や事件やら妙な宗教が流行ったり
しかねないのではないかとも、考えずはいられない。恐ろしい。

それぞれの人間がまず最初に戦わなければならないのは、自分自身の中に
ある醜い部分、暗い部分、目をそむけたくなるような汚い部分、ではない
かと思うのです。そこんとこをきちんとクリアしない限り、外に悪者を見
つけて、それを弾劾断罪して気持ちよくなってる限りは、何も進まない、
と思っています。
「暴力はいけない!」「あいつが悪い!」と大声で叫ぶだけでは、決して
いつまでも解決しない問題だろうと。


ああ。また阿修羅サマにお目にかかりたいなぁ。。。


あとは付録として、ちょっと長めの引用をしておきます。
もうちょっと、自分の中で考えが固まってきたら、またいつか書きます。


ではまた。明日もいい日になりますように!



『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』
by tamayura_tamayura | 2011-03-31 22:57 | 311後の世界 | Comments(0)
2011年の桜 ~はじまりはじまり


杉並区和田堀公園。ちらほらと桜が開いてきました。
全体につぼみも、ピンク色になってきています。



杉並区大宮八幡宮。境内にはずいぶん咲き出した木がありました。
みんなそろって、なんだか自然に上を見上げていた。

やっぱり桜はいいね。
自然は時に果てしなく残酷だけれど、こんな素敵なものも与えてくれる。


昨年見た桜はこんなかんじだった。
今年はいったいどんな桜を見ることになるんだろう。

『経る時』~2010年の桜
http://tamayura10.exblog.jp/13329365/


ではまた。
明日も良い日になりますように!

by tamayura_tamayura | 2011-03-30 22:32 | 311後の世界 | Comments(0)
Dancer in the Dark ~暗闇の果ての小さな光と希望
例のごとくまた、いきなりディープな素材を持ってきました。
ドストエフスキー的な重さと、人間の心の極北、みたいな世界です。

アイスランド出身のシンガー Bjork主演の映画
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』 原題:Dancer in the Dark
ラース・フォン・トリアー監督(2000年製作/デンマーク映画)
2000年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールや最優秀女優賞を獲得。

とにかくどこまでも理不尽で、不条理で、暗くて、救いのない映画です。
ただただどこまでも強靭で、未来と救いを感じさせてくれるのは、全編に
満ちあふれている主演ビョークの歌声だけです。




If living is seeing
I’m holding my breath
In wonder – I wonder
What happens next?
A new world, a new day to see

生きるとは 見ることなら
私は息を飲む わくわくしながら
次には いったい何が起こるの?
新しい世界 新しい世界が見える…




あまりにも衝撃的なラストシーン。
そのあと静かにエンドロールで流れ始めるのが、" New World "

最後にこの曲が無かったら、なにもかも救いは無く絶望しか残らない。
この曲だけが救いのように、かすかな光を予感させて映画は終わります。

序盤の名曲はこれ。
トム・ヨークとのデュエットになってる " I've seen it all "も、
また素晴らしい。あまりにも絶望的で美しい曲です。



I’ve seen it all, I’ve seen the dark
I’ve seen the brightness in one little spark.
I’ve seen what I chose and I’ve seen what I need,
And that is enough, to want more would be greed.
I’ve seen what I was and I know what I’ll be
I’ve seen it all – there is no more to see!

私はすべて見たの 暗闇も、小さく輝く光も
私は自分が選んだもの 必要なものを見たの
それでもうじゅうぶん それ以上は欲深だわ
自分がどんな人間かもわかったし 
これからどうなっていくかもわかった
もうすべて見たから もう他に見るべきものなどないの



ちょっと覗いてみたんだけど、
DVDのレビュー、賛否両論まっぷたつに分かれていました。
そりゃそうだろうなぁ〜。。。これは評価が分かれる作品だろうと思う。
参考までに:Amazonでのユーザーレビューページ


私個人としては、この映画は素晴らしいと思っています。

ただ、軽い気持ちでお気楽に観るのだけは、絶対にお勧め出来ないです。
理不尽と不条理だらけ。終盤の10分くらいの展開は、本当に冷徹に強烈です。
獣のようなビョークの叫びと絞り出すような歌声が、いつまでも耳に残ります。

平和なときにこんな映画を見ても、たぶん日常意識との落差が激しすぎます。
だからって、いまみたいに誰もが不安定なときに観るのもお勧めしません。

ただ、どうしようもないことっていうのは、誰にも起こりうると思うのです。
それはもう、いまの私たちにとっては目の前の現実として起こっている。

そして、直接被災したわけじゃない私たち、多くの人たちの中にはもう、自分
の許容量を超えるような衝撃を受けることを拒否したい。できれば見たくない。
そんな気持ちが生じてくるのもいたしかたない、とも思うのです。

でもね、、、こんなことも考えていた。

人間死んだら負け、死んだら全て終わり、と固く信じて恐れていたり、
世の中のことは全て論理的、合理的に解決可能だと信じていたりすると、
この映画を観てもきっと、強烈な嫌悪感と恐怖しか残らないでしょう。

どうしようもなくて、抗うこともできないことが、この世界にはある。
普通に考えたらありえないようなことが自分にも起こるかもしれない。

絶望の果てにしか見えない何かを、セルマ(主人公)は最後に見ながら、
遠くの新しい世界へと旅立ったのだと…
エンドロールを見ながら、私はそう信じる以外にありませんでした。
(ま、現実主義者は笑うでしょな。どうぞ笑って。笑い上等っ^^!)


闇があるから光がある、ということは、やはり真実だろうと。
どちらかだけではなく。闇だけではなく、光だけではなく。
それを知るのは、決して簡単ではないだろうと思うのですが。


かるーく内容をちら見したい方には、こちらのレビューがいいんじゃないかな。

ビョーク『ダンサー・イン・ザ・ダーク』&『レオン』
http://sanmarie.me/bjork


***


それから、田口ランディさんがきょう書いてた不安と身体感覚の話、
とっても良かったと思います。ぜひぜひ。

不安は悪い未来の先取り
http://runday.exblog.jp/16121929/


あ、そうだ。きょう桜の写真撮ってきました。
あとでUPしますね。

by tamayura_tamayura | 2011-03-30 22:01 | 311後の世界 | Comments(0)
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